2017年12月24日

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯036

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯036

リハビリするひと。

白本 朋求(シラモト トモキ)
1964年10月14日大分県日田市生まれ。
建設省役員の父親の仕事の関係で、高校卒業まで九州で過ごす。
その後、2浪して法政大学経済学部に入学するも学費未納で3年で中退。
以降、様々なアルバイトに従事。新聞社、業界紙等で契約社員。出版業界紙で書籍の編集、執筆、校正等に関わる。
これらの仕事を辞め、某タレントのマネージャーを1年間勤める。
その繋がりからフィリピンでの事業に着手、独立し、フィリピンはカビテで衣料を中心とした日本製品の中古ショップを開店した。
ショップのさらなる拡大を目論み、帰国するも、脳出血で倒れ、長期入院。退院して現在、リハビリに奮闘中。


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メリークリスマス!

アンド ハッピーニューイヤー!

はまだ早いか。




前回、「オレはウツになんねえ!へへん!」って見得を切ったけど、なんか12月はウツウツ暗〜い気分が続いた。

別に、絶望して何もできなくなるほどではないんだが、
「こんなことやってても麻痺が治るわけねーし。あーあ、なんだかなぁ」
って思いながら習慣でリハビリしてた。


たまに「こんなカラダで残りの人生を過ごすのか…」と思うと、ホントに惨めな気持ちになるよ。

「やりたいことはいっぱいあるけど実現は程遠いなぁ。これから先どーなるんだろう。どーすればいいのだろう。オレの人生ってなんなんだ。みんなが羨ましい。あの時あーしてれば、こーしてれば。神様は残酷だ。ホントにオレって中途半端でクズだな」



グチグチグチグチ……。


ちらっと「もう死んじゃえば楽だなぁ」と思ったり。


書いててもイヤになってきたよ。



ま、思えば3年前に友人宅で血管ブチ切れた時、ヤベッと、とっさにそばにあったガラケーを取って友人に電話することができて、
普段忙しくて電話に出ないような友人が、たまたま出てくれたから生きられたのかもしれないし、
障害あっても動けるようになったかもだし、
iPadの動画消せたから恥かかなくて済んだし(笑)、
全ては「偶然」なんだよね。

なんでも偶然だ。


ケータイがそばになかったら、友人が電話に出なかったら…もっと重い障害が残ったり、終わり、死んでたかもしれないしね。



単なる偶然なんだけどさ、神様が仕組んだ偶然と考えよう。

「お前はまだコッチに来てはダメだ。とことん生きて何かしなさい」
と試練を与えて現世に戻してくれたと。


「なるようにしかならん。だから心配するな」


とは一休さんの言葉だが、
「せっかくこんなカラダになったんだ、麻痺はハンデじゃなくオマケだ。神様がくれたオマケだ。どこへ行っても、たいていの人は優しくしてくれ助けてくれるじゃないか。今さら何を臆することがあろうか。死んだり殺される訳でもないし。ここまで来たんだ。とことんやってみろ。ドーンと行け!」
だぜ。右矢印2右矢印2右矢印2






で、リハビリの話ですけど…。



麻痺の手足を無理矢理でも積極的に動かすことで脳に刺激を与え、神経回路の復活を目指すことがリハビリの主眼だと思うけど、逆に脳の方から神経をつなぐってのはどうだろう。

つまり、筋肉→脳じゃなく、脳→筋肉だ。

脳自体のリハビリということだ。

調べると、「ニューロリハビリテーション」っていうらしい。



でも、そんなのどーすりゃいいの?
さらに検索してみると、全意識を動かしたい部位に集中させて、動け!動け!動け!って、一日何千回も声に出して働きかける。


ちょっとでも動けば、さらに追い込む、続ける。


怪しいスピリチュアルにでもなりそうな危険はあるが、とにかく実際に麻痺が回復した例もあるらしく(見たわけじゃないのでわからないけど)、試してみない手はないね。

物は試しだよ。



千回もできるかどうかって問題はあるけど、とりあえず横になって、周りの音を極力消して、
目をつぶってもしくは動かしたい部位をジッと見つめて、動かすことに意識を集中させて、フツーに動かしてる気分になって、やってみるかな。


すると、神経がニョロニョロっと触手を伸ばして死んでない別の神経としっかりと手を結ぶかもしんないしね。


脳を開けて、配線をハンダ付けするように切れっちゃったところを繋げればイイのにね〜。



時々リハビリしながら、そういうことを想像することはあるよ。

自分がもう一人別のとこに現れて神経をつなぐ開頭手術をやってる。

作業着でハンダゴテ持ってジジッ、ジュワーって。ナンジャラホイ(笑)。



脳の中ってあーなってんのかな、こーなってんのかなと妄想を膨らませてね。




オレのやってるリハビリって、他人から見れば筋トレみたいに見えると思うけど、機能回復よりも、なりたい自分をイメージして、それを目標にしている。


今だったら、体脂肪の少ない10%以下のストイックで省エネなカラダ。


痩せてなくても、キッレキレの筋肉がクッキリ見えてて、お腹にはバッリバリの6パックが主張してる。


「うわぁ、スゴいわ!あの人片麻痺の障害あるのにチョーイケてる!あのカラダ、痩せマッチョでヤバイ!マジ抱かれたい、好きになりそー」(なんで女の子なんだよ 笑)

って言われるカラダだよーん。


50過ぎたクソ中年オヤジだけどね。

妄想は自由だ。






さて、来年、2018年の目標は、今年と変わらず

「生き抜くこと」だ。


究極、生き抜く、生きれる人ってのは「頭が良い」ってことだと思う。



東大出ても、難しい計算ができても、知識がいっぱいあってもバカはいる。


人生のいろんな場面で機転がきき、問題が起こっても最良の解決ができ、柔軟性があって許容力もあって、コミュニケーション力があって、
乗り越えることができる、つまりサバイバルできる人が本当に「頭が良い人」だと思うのだ。



知識なんてのは死ぬ間際まで得ることができ勉強できる。

得た知識をどのように使えるかが重要だ。


実際に使えなくても、有意義に考える材料になる。


皆はこう考えてるけど、ホントは違うんじゃないかとか、オレはこう思ったけど違うかもしれない、彼はこう考えてるだろうなとか、アレコレ柔軟に思考を巡らすことができる。



いくつになっても、そんな人に私はなりたい(宮澤賢治風に)。




それで、来年の目標にあと一つ加えるとしたら、
「とことん考える」
ということだ。


脳のリハビリでもある。

大好きな本から音楽、映画、絵、写真等、様々な表現に接して、それがなんなのか、何を表現したいのか、どんな意味があるのか、じゃあ、オレにとって何なのか、とことんアタマをフル回転させて思考したい。


カッコよく言えば、哲学したいだ。


リハビリもそう。

ただ漫然とやるのではなく、これでイイのかな、別のやり方はないかな、効果はあるかなと、今まで通り試行錯誤したい。


そして、考えたことを残したい。


書きたい。


このブログでも、Facebookでも、Twitterでも、リハビリノートでも何でも良い。

考えたことを人に読ませるつもりで組み立てて、真剣に書いていきたいと思うのだ。



脳卒中・脳梗塞を経験してしまったら、もちろん人によってだろうが、ある種、悟りでも開いたようになる人が多いように思える。

ネットなど見ての個人的感想だが。


脳そのものの疾病からか、麻痺などの障害を負って諦めに近い達観した感じになるからか、わからないけど、確かにオレも前より許容量が増したし、誰に対しても優しくオトナ的に振る舞えるようになったと思う。


一方で前よりイライラすることもあるけど。


一生障害などない方が良いのは当たり前なんだが、障がい者になったからこそ見えてきたものがオレには多いように思う。


オレみたいなニンゲンには、このくらいのハンディキャップがあった方がちょうど良いのかもしれないね。

でなければ犯罪者となって刑務所にでも入ってたかもしれないし。


それこそトラブルから死んでたかもしれないし。

大袈裟か(笑)。




人生って偶然の連続だし、上手くできてるんだよな〜。

後でこういうように意味付けはいくらでもできるけど、なんとも不思議だ。





今年もブログを見ていただいた方、ありがとうございます。


まだまだまだまだ続けます。


来年も死ななきゃしつこく書きますので、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m



管理人様、いつもチャンスをいただき、ありがとうございます。
(こちらこそ。号を重ねるごとに白本氏の「ステージ」があがっていく様をまのあたりにして、気持ちを引き締めさせていただいています)








リハビリウォーキングで菊池を歩くH


しつこく花房飛行場跡シリーズぅ。



歩いて10分の、兵舎跡で今は幼稚園の隣にある慰霊塔なのだ。

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あんまし面白いものじゃないけど、終戦後にココに入植した開拓者によって、飛行場で空襲で亡くなった少年飛行兵ら38名の霊を慰める目的で建てられたもの。


毎年9月に合同慰霊祭が行われている。

ゆっくり手でも合わせたいけど、ここに来ると必ず裏の家のワン公がワンワンうるさくて、殺すぞコラッって、持ってるステッキで殴りたくなるね(笑)。


ちょい離れた入り口のところには、当時の門柱が丈夫に建ってる。

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錆びた金具が当時を感じさせる。スゲ〜。


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posted by bambi at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | り・せっと情報

2017年12月02日

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯035

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯035


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リハビリするひと。

白本 朋求(シラモト トモキ)
1964年10月14日大分県日田市生まれ。
建設省役員の父親の仕事の関係で、高校卒業まで九州で過ごす。
その後、2浪して法政大学経済学部に入学するも学費未納で3年で中退。
以降、様々なアルバイトに従事。新聞社、業界紙等で契約社員。出版業界紙で書籍の編集、執筆、校正等に関わる。
これらの仕事を辞め、某タレントのマネージャーを1年間勤める。
その繋がりからフィリピンでの事業に着手、独立し、フィリピンはカビテで衣料を中心とした日本製品の中古ショップを開店した。
ショップのさらなる拡大を目論み、帰国するも、脳出血で倒れ、長期入院。退院して現在、リハビリに奮闘中。



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ども。リハビリストです。


さて、今やってるリハビリらしいリハビリを書きます。


まずは…テーブルの上に組んだ両手をのせて前方に伸ばすことと、そのまま左右に思いっきり振る。

両方とも2分。



効果はわからないけど、入院中からやってることだ。



次に、100均で買ったゴムボールの上に手をのせて同じように。

ヒジのあたりと手のひらと二ヶ所。

麻痺手をほぐす効果でもあるのかなぁ。



そんで、皿やコップを洗うスポンジを握ってつかんで離してを繰り返す。


自分でスポンジを取って違うところに持ってて離すが理想(!)だけど、残念なことに、そんなメッチャ簡単なこともできないので、努力はするとして左手で補助しながらやるのだ。


水を入れた500㎖のペットボトルを麻痺の右手で持ち、いろんな方向に動かすことも。



ゴムボールは脚にも使えるッ。


麻痺の右脚、足の裏をボールにのせて前後に動かす。

座ってやるときもあれば、立ち上がってやるときもある。


ついでに麻痺じゃない左も。
やっぱり歩くときはヒザが曲がってるかで大きく違うのだ。


ただ脚が前に出るのではない、ヒザを曲げることで地面のギャップや衝撃を吸収し、片方が上がってナナメになってても、カラダを真っ直ぐに歩けるのだ。
そのためのリハビリの一種目だ。


まだまだ自分で右ヒザを曲げることができないが、ストレスなく歩くための訓練だ。



あっ、忘れた。


ゴムボールを壁に麻痺の右手で押さえて上下左右に動かすこともやってる。


両手でゴムボールを持って上下左右、回すことも。



目に見えての効果ってのがないため、時たま。



こんな単調なことやっててリハビリなんだろうか?
って思うこともある。



仮に何十年もやってたら、そりゃ効果が実感できるだろうけどね。



筋トレや長距離ウォーキングするってのは、汗かきかきボロボロに疲れるけど、よーし、やったぜー、俺ってスゴいーって満足するけど、
地味で簡単なリハビリは習慣にでもならないと飽きてくるよね〜。




いつもネットなどでリハビリ情報チェックしてるけど、ゴチャゴチャ言う前になんでも実践だよな。



とりあえずやって考える。



ぜんぜんムダってことはないだろうから。





えっと…しゃがむ運動と足首上げ。

爪先立ちで深くしゃがみ(ヤンキーのうんこ座りじゃない)、前後に揺らす、両ヒザを地面につける、麻痺の右ヒザだけ地面につける、片ヒザづつ立てる。


そして、ナナメの台にのせて、足首を上げることを3分。

麻痺で固くなりがちなのでそれ防止だ。



仰向けに寝て右ヒザを曲げる。


次にうつ伏せになってヒザを曲げる。
100回づつ。




右脚一本でできないので、左で補助しながら。

お尻だけで前後に移動する。
いわゆるお尻歩き。


コレは麻痺で落ちて曲がった(と思われる)骨板を矯正するのにいいんじゃないだろうか。




同じ意味で、立ってテーブルに左脚をのせる。
2分×2回。

つまり全体重を麻痺の右脚で支えることになる。

両手を後ろで組んでヒザで歩く。



立って麻痺の右足の指を薄い板で上げる(コレは助けが必要)、踏み台運動(乗ったり降りたり)、麻痺の右脚をそのままに左脚を前後に、立って右脚のヒザを上げて閉じて開く、正座を2分…。






いっぱいやってるつもりだったけど、こう書くと案外少ないね(笑)。 


上半身のリハビリは前にも書いたけど、促通反復療法、つまり川平法が中心だ。

本やネットを見て自分流だけど。


簡単に書くと、

手・脚指の曲げ伸ばし、
手首を反らす・回す、手のひらを上に前に出す、
寝て腕を上下に、
寝て腕をナナメに上下、
寝て腕を上げて回す、
寝て右ヒジを曲げる、
横になって腕を出す、
コレを各100回づつだ。




左手の補助がなくてもできるのであれば、なるべく右手だけでやる。


川平法は新たな神経を使う、作るのに一番効果が高いと思う。



ホントは、ちゃんとしたリハビリ施設でプロにやってもらった方が良いと思うが、できないので仕方なし。自分でなんとかしちゃる。


足首につけるアンクルウエイト(5キロ)をもらったので、それを使っての運動も。

座って脚を振り上げ下ろす、ヒザを持ち上げ下ろす、脚を後ろに振り上げ下ろすの3つをそんなに疲れない程度に。


コレは筋トレだな。

なんせウォーキングは俺にとってはとてもハードなリハビリなので、脚はやり過ぎるとマイナスなのだ。




今んとこ、これくらいだけど、他に良さげなリハビリがあったら取り入れるし、ダメだと思ったら止めるし、まあ、柔軟に考えてる。


カラダの進歩とともにリハビリの内容が変わっていくのは当たり前だろう。






退院して約2年。

まーだ2年。

やってもやっても片麻痺ってのは手強いが、止めるわけにはいかないし、チクショー、なんだよ(ーー;)俺のカラダは!って腐ることはしょっちゅうだけど、

確かにできることは増えたし、行動範囲は広がったし、ヨシとしようぜっ!




俺は、死ぬまでリハビリを続けようと思ってるので、2年くらいで挫折するわけにはいかないよね!
俺にとっては、リハビリってのは、もう生きる糧みたいになってるね。




リハビリに対する考えも変わってきた。

麻痺を治すことより、今の麻痺あるカラダでいかに動けるか、健常者と同様、いやそれ以上になんでもできるようにする訓練だね。


休むとなんかイヤ〜な気分だ。

コレもリハビリだと思えればなんでもできるような気がするし、アタマも回る。

倒れて障害者となって、初めてわかったこと、気づいたことも多い。




確かに不自由は不自由なんだが、それ以上に学んだことの方が多いような気がする。

神さまってのはイキなことするもんだね(笑)。

このまま生きてたら真のダメ男になるところを、脳出血を起こして立ち止まり気づかせてくれたんだ。


もしかしたら死んでたかもしれないし、改めてもらった命だ。


感謝感謝デス。

たまに、そう考えた方がいいでしょ(笑)。



脳卒中、脳梗塞を発症し片麻痺の障害者となった人の、実に3割以上がウツ、ウツ的症状を示すということは前にも書いたが、

俺は「あーあ、チクショー」と自分のカラダにイライラすることはあっても、デスペアな気分で意欲がなくトコトン落ち込むってことはなかった。


今のところ。倒れてからもけっこうトラブルなどがあったんだけどね。


なぜだろうか?


まず、どんな状況、環境でも楽しみを見つけることができるってのがあるだろうな。


それはフィリピン滞在でも学んだ。生粋のノーテンキな性格で、一方ではチョー恥ずかしいのだが、覚悟を決めるとズケズケ行くことができる。


問題を脇に置いといて目先の快楽に没頭できるのだ。


そして、入院してすぐに、理解できなかったけど、自分で新聞を読んで書き取ったりしてて、なんとかせな、なんとかしっちゃるという気持ちが無意識のうちにも湧いてくるしぶとさもあると思う。


基本的にナルシストでマゾヒストだから逆境に強いのだ。



例えばリハビリウォーキングでも、クルマがいっぱいの車道の脇を歩いてて、最初はみんなブザマな片麻痺の俺を見てると思い隠れたくなるのだが、

そのうち、片麻痺なのに汗かいて必死こいて歩いてる、きっとみんなはスゲーなあ、ガンバってるなあと思ってるだろうなと誇らしくなってくるのだ。



早くから外に出たのもイイと思う。



退院翌日には近所を歩くことを始めた。

脳のリハビリだと思って、外の、田舎の風景や空気、人などに積極的に接してきたことが功をそうしたらんじゃないか。


気分が乗らなくても、ウチのクルマじゃなく、独りでバスや電車などの公共の交通機関を利用して。


同じところじゃなく、なるべく知らない初めてのところへ。


危なかったことや怖かったこと、ヒヤッとしたこともあったが、そういう経験が脳への刺激になり、リハビリになったんだと思う。


部屋に閉じこもってリハビリやってたんじゃ、もっとウツウツになってただろうし、もしかしたら脳出血再発ってこともあったかもしれん。



実際、部屋で気分が落ち込んでても、外を歩くとスッキリしたもんだ。



ニンゲン、意欲的に好きなことやって、家から外に出て他人と接することが大事なんだなぁ。


心地よいストレスは必要だよ。


閉じこもってばかりじゃ老けるのも早いよね。


ウチの親父さん見ても明らかだ。

ウチの近所では、高齢者が多いので、来年はもっと範囲を広げて出かけて行って、積極的に人(特に若い女の子、肉体的にも 笑)とコミュニケーションを取りたいと思うのでした。







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ウォーキングし過ぎて左足の指の爪全部剥がれました。もう3巡目。






リハビリウォーキングで菊池を歩く➇

まだまだあったよ、花房飛行場跡の遺物。

風呂場・給湯施設跡。
コレは国道を渡った向こう側にあって(わからないか 笑)、家から20分くらいのところ。

風呂場看板.jpg

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当時、飛行場で寝泊まりしてた生徒たちが利用してたそうな。

士官が笛をくわえて立ってて、3分くらいでピーッと鳴らしたら外に出なきゃいけなかったらしい。


満足に風呂も入れなかったんだね〜。

かわいそう。



コンクリでできた意外と小さな風呂で、何人もの生徒が、機械のようにザブンと入って出てを繰り返してたんだろうな。


10代でココを利用してた生徒も、もう80か90代で在命の方も少ないだろう。


歴史は流れるね〜シミジミ…。



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