2018年02月25日

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯039

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯039

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リハビリするひと。

白本 朋求(シラモト トモキ)
1964年10月14日大分県日田市生まれ。
建設省役員の父親の仕事の関係で、高校卒業まで九州で過ごす。
その後、2浪して法政大学経済学部に入学するも学費未納で3年で中退。
以降、様々なアルバイトに従事。新聞社、業界紙等で契約社員。出版業界紙で書籍の編集、執筆、校正等に関わる。
これらの仕事を辞め、某タレントのマネージャーを1年間勤める。
その繋がりからフィリピンでの事業に着手、独立し、フィリピンはカビテで衣料を中心とした日本製品の中古ショップを開店した。
ショップのさらなる拡大を目論み、帰国するも、脳出血で倒れ、長期入院。退院して現在、リハビリに奮闘中。



リハビリランキング


いきなりですが……
俺ってスゴイんです!ホントにスゴイんです!


まず脳出血を起こして倒れた時。

自分で、こりゃヤバイ!動けるうちに、とソバのガラケーを取り即友人に電話、助けを求めたんです。

フツーだったら気付かれるまでその場に倒れてたでしょう、多分。
ヘタすりゃ死んでたかもです。

だからスゴイんです。



そして、入院となった当初。

ドクターはもちろん、誰に教わるでもなく、新聞の文字を追って書くリハビリから始めたんです。

なんとなく脳が壊れたとわかったんですね。
まだアタマがボーッとしてるのにですよ。
だんだん意識がはっきりして来て、「ああ、右側が動かない、片麻痺になっちまった、どうなるんだ、俺…」と絶望する前に、俺なりに看護師さんやリハビリスタッフとのコミュニケーションを楽しんでたのです。

だから入院生活は意外と楽しかったのです。

それだけステキな女性(限定!)が多かったということもありますが(笑)。


ある意味、運が良いのかもしれません。
だからスゴイんです。



次に退院。

これも誰に教わるでもなく、ネットをはじめ関連本等、自分でいろいろ調べて読んでリハビリに取り組み始めました。

もちろん入院時からスタッフとともにやってたけど、退院してからがホントの本番だ!と思ってました。

病院にいればイヤでもリハビリをしなきゃならないですが、家に帰るとモチベーションを維持して個人で取り組むってのは難しいと思うからです。

ちゃんとノートをつけたのもモチベーション維持と自分を知るためでした。

当初、麻痺の右側に少し残ったと言われた高次脳機能障害も自分の研究と力でほぼ治しました。




フツーは退院後もリハビリ専門施設などに通ってリハビリを続ける人が多いと思いますが、まあ、家の事情もあって、短期間だけでそれもできなかったので、単なるリハビリのやり方を調べるだけでなく、リハビリとは何か?まで思いを巡らせました。

で、俺なりのリハビリ論なるものを考えました。

元のカラダに戻すことよりも、今のカラダを受け入れ、如何に健常者と同様に、時にはそれ以上に動くようにするか、片麻痺を障害よりも「個性」にできるかであると。

だからスゴイんです。



一方で、俺が高血圧になったのは食事の問題もあったけど、ココロの問題でもあると考えました。

自然と座禅を組むことを始めました。

東洋の仏教、禅などのイデオロギーじゃない自分に合ったイイとこ取りをしました。


この障害はココロが大きく関わってくるからです。


危うい部分も確かにありますが、ナニゴトも落ち着いて考える、深く考えて最適の選択ができるようにする訓練です。


引いては血圧を大きく変動させないためでもあります。

座禅を組んでアタマを真っ白にすることで全ての事柄を受け入れることができる素地を作るのです。


このように自分で自分を知る、自分のカラダを知る、自分に合ったリハビリを探して試行錯誤しながら取り組むことが、地頭的にできたのです。


今も試行錯誤はしてますが。

やっぱ俺ってスゴイんです。



アタマがイイのです!アタマがイイとは、半分運命的でもあります。

こうしてブログを書く機会をいただいたのも運だし、倒れてアタマがイイとなったのも、神さまが与えてくれたという意味で運なのですねー。


確かに脳の障害で倒れたわけですが、逆にアタマが、脳が鮮明になったような気がします。


いろいろ考えて書くことができるようになりました。

もっと言えば「哲学する」ことができるようになったのです。

前以上に本や映画などの表現に貪欲に接することができるようになりました。

これは単純でおかしなことですが、充分、水を飲むことのおかげでもあると思ってます。

退院してから毎日2リットル以上の水を飲んでます。

人のカラダは60%以上が水分です。

充分水を摂取することで脳の壊死した細胞に届く血管も活性化されるだけでなく、周りの血管もサラサラで巡りが良くなると思うのです。

だから水こそ欠かせません。




俺は片麻痺となったことで幸いトンデモナイ深い絶望やウツとはなりませんでした。

やはり生まれつきどんなところにいても、どんな状況であっても受け入れることができ楽しむことができる才能があるのです。

これは立派な能力だと思います。

だからスゴイんです。




最初から臆せず積極的に外に出ることができたのもスゴイです。

それも公共の交通機関を使って。


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まず退院翌日には近所を歩くことから始めてます。

カラダが満足に動かないことに加え、他人の目が気になって引きこもりがちになる人も多いと聞きます。

元来ノーテンキな性格もありますが、ヨッシャ、負けてなるか!という負けん気というか、一面では強いココロの持ち主だからだと思います。


それにナニゴトもリハビリだと考えることができたのです。

歩くのも、バスに乗るのも、電車に乗るのも。

そう考えれば、どんなに恥ずかしくても、ハードでもトライすることができたのです。


今の時期、寒い雪でも舞う日に背中に薄っすら汗かきつつ必死にリハビリウォーキングしてる人なんて田舎じゃいません。

国道の歩道を歩いてると、ヌクヌクとしたクルマの中から哀れみの目を向けられてるんじゃないかと恥ずかしく隠れたくなると思いますが、俺はナルシスチックに十字架を背負ったキリストみたいな思いで、さらにウォーキングに力が入るのです。

そのように考えることができるってのは、やはりスゴイと思うのです。



今もリハビリに関する新しい情報でもあればちゃんとチェックしますが、後から、「ああ、俺のやってたリハビリは間違いじゃなかった、なんだ、新しいというから見たけど俺のやってることじゃん」と思うこともしばしばです。

自分の眼、考えはやはり正しかったと思います。

ニンゲン、必要なのは知識よりも地頭的なものだと思います。

例え間違ってても考えることができるということです。

そして、それを組み立てることができるってことです。

だからスゴイんです。





……とここまでにしとこう(笑)。へへへ。





じゃあ、俺のスゴクないところ。


すぐ甘えて頼るところ。

基本ナマケモノなんだなあ。

最初はいいが、一回楽な方法を見つけるとそっちに行って頼ってしまう。



次に、決意はいいが行動するのが遅い。

新しい何かを見つけても、明日から〜月曜日から〜来月から〜来年から〜と変に区切りを大切にするんだな。

やっぱココロが弱い。

もち強い面があるが単純なことでドキドキして血圧上がってしまう。

例えば女のことなんか(笑)。

気を使い過ぎるんだよね。

アタマがいいからいろいろ巡らすわけだ。
もう性格だから仕方ないねー。熱しやすくて冷めやすい。


バーッと燃え上がるが何かのキッカケでイヤになると急速に冷める。

そして、氷のように冷たい。

それはどんなに世話になった恩ある人でも。

アタマがイイ反面、スゲーバカの面もある。

あー考えが足りないなあ、落ち着いて考えればよかったと思うことが多過ぎるよね。
…って、なんだ二面性あるじゃんか。


まあ、いいや。


俺は勝手に地頭がイイと考えて、調子に乗ってリハビリなりなんなりに取り組んでいくよ!









リハビリウォーキングで菊池を歩くJ

今は月一回、病院に行ってチェック、降圧剤をもらうんだが、先日、行きは歩きとバス、帰りは歩きだけで戻ってきた。

31409歩と久々の3万歩超えで15.7キロも歩いちゃった。

片麻痺だから倍の6万歩以上歩いたくらいの疲れだと思ってる。



病院のある肥後大津から菊池まで、菊池川の支流に沿ってテクテク。

田舎の道ですれ違う人もクルマもおらず。

いつも脚を破壊するイメージで歩いてるが、マジで棒のようになっちまってジーンとしてた。

脚よりも麻痺の右肩がちょい痛くなったよ。

関節外れそうな感じがして。

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思いっきり疲れたけど達成感いっぱいで満足だったね。
ここまで歩けるようになったんだねー。しみじみ思う。

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2018年02月12日

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯038

『全身TATOO&ピアスな不良中年が半身マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯038


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リハビリするひと。

白本 朋求(シラモト トモキ)
1964年10月14日大分県日田市生まれ。
建設省役員の父親の仕事の関係で、高校卒業まで九州で過ごす。
その後、2浪して法政大学経済学部に入学するも学費未納で3年で中退。
以降、様々なアルバイトに従事。新聞社、業界紙等で契約社員。出版業界紙で書籍の編集、執筆、校正等に関わる。
これらの仕事を辞め、某タレントのマネージャーを1年間勤める。
その繋がりからフィリピンでの事業に着手、独立し、フィリピンはカビテで衣料を中心とした日本製品の中古ショップを開店した。
ショップのさらなる拡大を目論み、帰国するも、脳出血で倒れ、長期入院。退院して現在、リハビリに奮闘中。



リハビリランキング

どうも、リハビリストです。


寒い日が続きますねー。

ここ熊本、南国なのにマイナス4度って日がありました。


時折雪も降って。


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こういう時は麻痺の右手脚が氷のように冷たくなり、こわばって痛かったり痺れたり…。


去年は確かにそうだった。が、実は今年はそんなでもないのだ。

寒さに強くなったと思う。



ウォーキングの途中で雪が降ってくると八甲田山の行軍にでもいる気分でエキサイトしてくるね。


俺はマゾだから逆境には強いのだ!

寒さは高血圧に、脳出血にも危険だということで異常にビクビクしてたし、トイレも風呂もヒーターは欠かせなかった。

まあ、予防はしてるとして去年ほど寒さに怯えることはなくなったね。

これも、やはり毎日のウォーキングのおかげだと思ってる。


寒い〜と感じるのは最初の10分くらい、必死に歩いてるので厚手のジャンパーの下はポカポカで時には背中にうっすら汗をかくくらいなのだ。

中に着てるモノもTシャツに長袖シャツの全3枚、下はパンツにGパンの薄着だけど、ぜんぜんOKなのです。


ただ左手はいいけど右手に手袋ができない。

キュッと丸まっちゃって。

だから手の甲までのサポーターをしてる。部屋にいる方が寒いくらいだ。



まだまだ腹の6パックは見えないけれど、ベルトもユルユルになってきて、だいぶ脂肪は落ちた感じ。


ケツなんかキュッと締まってエクボができるセクシーさ。



今度写真載せようか?いらないって?www硬いところに腰かけると骨が当たって痛いんだよ。


脂肪が落ちたから部屋でジッとしてるとブルっと震えるのだ。

流行りのインフルエンザもカンケーネーよ。

ウォーキングはリハビリだけじゃなく、もちろん健康にも、強いカラダにする鍛錬にもイイね!

田舎の畑の畦道や長い坂の山道を選んで止まることなく歩いてたりしてる。


普通の道でも20分は止まることなく歩いたり。


有酸素運動だと思ってね。


しかし、右脚に麻痺があって自分で膝を曲げることができないし、骨盤の辺りから落ちてる感じがしてるのだが、まだ関節や筋肉がヒドく痛むことはないけど、今のようにハードなウォーキングしてて今後、大丈夫だろうか?と思う。

だってどうしてもムリをしてるわけだし。


もうスニーカーを3足ダメにした。

左はいいのだが、右のつま先部分がスレて必ず穴があく。

左に厚底を3枚ほど入れてそうなのだ。

それだけカラダが曲がってるというか、体幹がズレてるというか、バランスが悪いというか、とにかく不自然なカタチで歩いてるということだ。


まあ、自分でも自覚して腹筋を中心とする体幹トレーニングにイヤって言うほど取り組んでいるつもりなのだが。


ちょっとした筋肉痛はあるが、医者に行かなきゃならないほどの不具合はまだないから、今のところはヨシとしよう。




体幹とバランスって、ニンゲンにとってホントに大事だ。

片麻痺になったからこそよくわかってるつもりだ。

片麻痺はどうしてもバランスを崩しやすい。

無意識に麻痺の右側をかばって左側にヨロッと傾いてしまうことが実に多い。

傾きかけてクルッと反転してしまうこともある。

だからこそカラダの中心を、軸をしっかりと保たなきゃならない。

そういう意味でしつこいリハビリトレーニングは欠かせないのである。




あっ、そうそう。

上半身、麻痺の右手は外を歩いてる時、ジャンパーのポケットに突っ込んでるのだが、長い時間経つと肩の後ろ辺りが痛むことがある。

重力で落ちてる腕を支えてる筋肉が悲鳴を上げてるのかわからないけど、たまに落ち過ぎて亜脱臼でも起こすんじゃないかと思うくらい重くてイヤ〜な感じがする時がある。

そんな時は帰ったら「電マ」で肩の後ろの痛む部分をマッサージすることにしてる。


Hな使い方以外にもちゃんと使ってるよ(笑)。

いわゆる自己流の川平法で回数動かしてるんだけど、少しでも筋肉が動くようにリハビリするしかないね。



ネットでよく「動きのコツ」みたいなリハビリを見かけるが根本的な解決にはならないんじゃないか。

随意筋でも不随意筋でも周りの筋肉でも、麻痺した筋肉自体が動かない限り難しいと思う。


麻痺した筋肉を使わずにヘンにコツを覚えちゃうとそれがフツーになっちゃう気がするよ。

じゃあ、どーすりゃいいの?って言われるとわからないけど、なるべく正当な真っ当な動きをすることだな。


楽だから、動くからといってフツーと違う動きをしないことだよね。


補助がなきゃできなくても頭の中では正しい動きを意識することだと思う。

やっぱりリハビリに楽なものはない。

汗かいて苦しんだ先にようやく光が見えてくるんだ。

もう決意などの言葉はいらない。行動あるのみさ!





さて、もう右片麻痺のカラダにも慣れフツーになるべく独りで日常生活を送れるようになってるわけだが、前は右利きだったのが、今じゃムリにでも左手一本、左利きになってる。


脳の中ではどういう変化が起きてるのだろうか?
右型脳から左型脳にシフトしたのか。
そうなるとフルに脳を活用したことになってアタマ良くなったのでは?
ははは。


でも確かに以前は悩みはしてもあまり「考える」ことをしてこなかったような気がする。


「思考する」とはどういうことなんだろうか。

ガキの頃は算数、数学の難しい数式を解くのにあーでもない、こーでもないとウンウンアタマを悩ませてたが、それが考えることなのか。

前回今年は考えるゾーって書いたが、じゃあ、何をどういう風に考えるの?

ニンゲン、日々の生活に紛れてなかなか考えることをしなくなって来ていると思う。

ゆっくりしてる時もテレビ等のメディアに接してて受動的になってる。


なるほど俺はこう考えるけどコレは誰かの受け売りじゃないか?

それも知らない間にそう考えさせられている……まさに洗脳だけどニンゲン、メディアに接してる限り、少なからず洗脳されてるよねー。




リハビリの一環として起床後と就寝前に30分座禅を組んでるわけだが、これぞ落ち着いて考えるための訓練になってるんじゃないかと思う。

入院時から脳のリハビリだと思って積極的にしてた読書も今は暇があればページをめくるようになった。

静かな環境での読書はホントに頭を使う、考えることになるから。

小説だったら情景を思い浮かべるし、ノンフィクションだったら、なるほど〜そうかぁ、でも、違うんじゃないか?なんてまさに思考するんだ。



テレビは好きな映画かドキュメンタリーくらいでほとんど見なくなった。

受動的じゃなく能動的に日々の情報に接しないとね。

ニュースやワイドショーの類は特に見ない。

朝っぱらからやれ事件だの不倫だのと不愉快にされることが多く精神的にも絶対悪いと思うのだが。

せっかく自然いっぱいの田舎にいるんだからテレビを消して鳥の元気な鳴き声や風に揺れる草木のささやきを聞こうよ〜。←詩人だ…。


身内の例だけど、長いことワイドショーなんか見続けて来たニンゲンはやっぱり落ち着きがないし、真実を見る目がないと思うし、根本的にアタマが悪い。



先日、ステッキ(決して杖ではない 笑)を新調した。

ネット通販。

俺の身長に合わせた一本ステッキだ。

シャフトはカーボンファイバーで出来た超軽量(200g未満)でハードにリハビリウォーキングする俺にはピッタリなのだ。


グリップにはフェニックスが入って先ゴムはカスタム。

不死鳥のフェニックスは復活の意味を込めて。

前のプレゼントしてもらったジェラルミンでできた登山用ステッキちゃん、もう傷だらけのボロボロだけど今までTHANX。


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俺の場合、退院して一年はムリしてでもステッキを使ってなかった。

病院のリハビリスタッフにも「シラモトさんはいらないっしょ」って言われたし。

俺もステッキ(杖)なんてダサいと思ってた。

しかし、目が悪けりゃメガネをかけるように麻痺があるならステッキを使ってもエエじゃないか。

今はオサレ〜なステッキもいっぱいあるしね。




1年間ステッキを使わなかったことで体幹やバランスが鍛えられたと思う。

フツーは逆だけどね。

ステッキある歩行に慣れてしまうと云々…あるけどカンケーねえよ。

使った方が安定するから使うだけさ。

装具もステッキも無けりゃなんか寂しい。
ヘンなの〜。


もうカラダの一部、アイテムになったんだな。

ここにも時間がかかっても与えられた環境を精一杯楽しむという俺の特な性格が出てると思う。

ノーテンキで何も考えないというのも時にはいいかもしれないね!(笑)









リハビリウォーキングで菊池を歩くI


ここ菊池市泗水町の中心部にある孔子公園。

ふるさと創生資金かなんかで作られたらしいのだが、今じゃ寂れまくってる(笑)。


この公園のステージが廃線となった熊本電鉄菊池線・泗水駅のホームだった…。

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マイカーが増えたことで1986年2月15日の運行をもって廃止されたのだ。

ステージの裏に駅舎の跡が残ってる。

窓口など残されてて当時の面影があるね。


ここで駅員が切符を切るハサミみたいなものをクルクル回してたのかな?

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ステージの横には当時の電車が喫茶軽食店としてしばらく展示してあったらしい。

ここに黒潮市場という大型スーパーが去年まであったのだが客足減少で閉店となってしまった。

ますます寂れた感じになったよ。

家から歩いて30分くらい。


白本朋求facebook
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