2015年08月02日

山田バンビ『海が見える観覧車』−最終章

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わたしは白川さんに触れたかった。

しかし横に並んですわっているのに体のどの部分も、ただの一点も触れていないのが悲しかった。


わたしは聞かれもしないのに、自分の過去を話しはじめた。

「ヒラメ」との「初体験」や屋台で出会った男の話や婚約してて破棄された顛末などを一生懸命話した。

そしてふと思いついたように、そうだあした観覧車に乗りませんか、と誘った。

白川さんはさすがに虚をつかれたようで、

観覧車、ですか? 

と聞き返した。

海沿いの丘の上に見えますよね観覧車あれですか、そういって白川さんは微笑んだ。

そう、あれです、日本海が一望できて天気がよければ半島の先のほうまで見えるんですよ、わたしは子供のようにはしゃいでいた。



翌日、わたしは会社を休んで白川さんと丘の上に登った。

ついていきなり観覧車に乗るとほかにすることがなくなるので、その辺を散策することにした。

松林を抜けたところに海側に落ちる土手があり、そこの柵に腰かけた。わたしたちは黙っていた。

いろんなことを話したいのに何も言葉がでなかった。

時折突風が吹き、髪がわたしの顔を覆い隠した。

あした東京へ帰るんですよね、わたしは乱れた髪をおさえつけながらようやくそれだけの言葉をしぼり出した。

ええ、でもまたすぐに地方へ出かけることになると思います、

白川さんの声も消え入りそうに小さい。

いろんなところへ行けて楽しいでしょうね、ええわたしは好きです、ぎこちない会話が続いた。



わたしは漠然とこの街を出てどこか知らない土地で暮らしている自分を想像してみた。

隣で白川さんがわたしの横顔を静かに見つめている生活を。

白川さんはそれっきり何も話さなくなった。

何かいってほしいのに、一言もなかった。





わたしたちは観覧車に乗った。

ゴンドラから見える海は風が強いせいか白っぽくみえた。

白川さんは遠い水平線に視線を凝らし、回遊魚はねかなしいですよね、落ち着きたくても一カ所にとどまれない宿命を背負っているんですから、

ポツリとそれだけいって白川さんはまた口を閉ざしてしまった。

まだ続きがあるはずなのに、それっきり黙ってしまった。



いつもそうだった。

白川さんは肝心なところで黙ってしまう。

それが大人のルールなのか。

饒舌な男は嫌いだが、ちゃんと口でいってくれないとわからないこともある。


白川さんといられる時間は一秒でも貴重なのに、なぜかゴンドラが一回りする時間がものすごく長く感じられた。




ホテルに帰り、昨夜行ったバーに白川さんを誘った。

わたしは強いお酒を次から次へ注文した。なかなか期待した酔いはやってこなかった。

白川さんはショットグラスを胸のあたりでもち、この街が好きですか、と聞いてきた。

ほかの街は知りませんでも知らない世界もみてみたい、白川さんと、

最後の言葉はいえなかった。

またやるせない長い沈黙がやってきた。

いったい今日一日でどれだけの会話をしたのだろうか。

そろそろ行きましょうか、白川さんがいった次の言葉がこれだった。

わたしは頭まで酔いが回ってなかっただけで体のほうはかなり酔っていた。

酔ったふりして白川さんの部屋へ押しかけることもできた。

でも躊躇した。

この期に及んでまだ白川さんの一言を待ちたかったのだ。

しかしついに白川さんの口からその一言は出なかった。

そのかわり、そうだちょっと待っていてください、といってひとりで部屋へもどり小さな包みをもって帰ってきた。

これおみやげです、そういってその包みをわたしに手渡した。

わたしは力ない手でそれを受け取った。

わたしがお礼もいわずにつっ立っていると、白川さんはてくてくとホテルの正面玄関を出て、タクシーを呼んだ。

わたしはいわれるままに鉛のような足をひきづってタクシーに乗り込んだ。

たぶんわたしは泣いていたんだと思う。

白川さんはわたしから目をそらしながら、

そうださっきいったかも知れませんがわたしは明日午前十時の特急で帰るつもりです、えーと乗り場は、そういって胸ポケットからチケットを取り出し、三番線ですね、わたしは聞くだけ聞きましたというそぶりで鼻をつんとあげ、

きょうは楽しかったですではさようなら、

と無愛想にお別れをいって運転手に出すようにいった。

白川さんからはお別れの言葉は聞けなかった。





いよいよ観覧車の終点が迫ってきた。

松林の向こうではさきほどと変わらず横一列に並んだ白波が等間隔で近づいてくる。

傾いたメリーゴーランドの丸い屋根が少しずつ大きくなってくる。

同時に自分が少しずつ小さくなっていくような錯覚を覚える。

地上に着いたころには小さくなりすぎて消えてしまいそうな、そんな錯覚を。




わたしは白川さんと別れた翌日、軽い二日酔いもありベッドで臥せっていた。

時間は午前十時を過ぎていた。

うっかり寝過ごしたわけではない。

頭から布団をかぶりその中で一晩中時計とにらめっこしていた。


無常に時を刻み取る秒針の音を胸に抱きながら。


午前十時を過ぎたときにようやく呪縛から逃れられた気がした。

これでよかった、わたしは納得したつもりだった。

もし見送りにいっていたら、昨日の何倍もの苦痛を味わうことになるはずだと思ったのだ。

それではお元気でまたどこかでお会いしましょう、そんな言葉を冷静に聞けるほどわたしは大人じゃなかった。


ようやく重いからだを起こしベッドから出たころにはもうお昼の十二時を回っていた。

一睡もできずふらついた頭で部屋の中を見渡したとき、テーブルの上の包みに気がついた。

昨日白川さんにもらったおみやげだった。

包みを開くと中には藍染のハンカチと小さなしおりが入っていた。

オトギリソウの押し花がついたしおりが。

それはわたしが白川さんにあげたものだった。

花の一枚一枚が丁寧に丁寧にはりつけられていた。


わたしは涙が止まらなかった。


それまでがまんしていたものが一気に噴きだしたようだった。

十二時を回った時計を見て、より一層涙がこぼれた。






色素のなくなった真っ白い細い腕にそっと息子が手をおいた。

目の前で涙を流している母親を気遣ってくれているのだろう。

この子には感謝している。

一度でいい、まだ動けるうちにこの観覧車に乗りたい、その願いをこの子はこの子なりに受け止めてくれて、夫と一緒に病院にかけあってくれた。



その後わたしは白川さんを探すことはあえてしなかった。

白川さんの口から何も出なかった以上、やはり白川さんを追うのは気がひけたのだ。


その後わたしは見合い結婚し、この子を産んだ。幸せだった。

しかし、皮肉にも毎日が幸せな分だけ白川さんへの思いは強まった。

白川さんにもらった包みを開ける時間がもう少し早ければまた違った人生を歩んでいたかもしれない、そういう思いが少しずつ積み重なっていった。



そうだ、わたしはまだ白川さんからお別れの言葉も聞いていない。

この命が燃え尽きる前にもう一度だけあなたの声を聞きたい。

さようなら、でも、また会いましょう、でも、なんでもいいからもう一度声を。

もちろん一番聞きたい言葉は、いっしょにいきましょう…。


まもなくわたしの旅は終わる。

短かったといえばそうかも知れない。

でも十分生きた。

一生懸命生きたつもりだ。

でも最後に、もう一度だけ会いたい。

今は、ただただ、会いたい。

もっと、いやあと少しでいい、生きたい。

十六個のゴンドラに思い出をいっぱい詰め込んで、このままいつまでも回っていたい。

明日も来年も十年後も、永遠に…。






ゴンドラが地上に着いた。

さすがに弱りきった体にはきつかったか、視界がぼんやりしている。

息子が両脇に手を入れてゴンドラから降ろしてくれた。

黄色い帽子をかぶった案内係が心配そうに声をかけてくれたが、息子は片手をあげて大丈夫だと合図した。

わたしは振り返って観覧車を見上げた。

乗る前と何ひとつ変わっていないのがただうれしかった。

この観覧車も来年の春には取り壊されることが決まったという。

たぶんわたしの命はそれまで持たないだろう。

それが何よりも救いだ。

病室の窓から毎日ながめていた風景の中からこの観覧車がなくなるのはつらい。

息子に支えられて立ち去ろうとしたそのとき、観覧車のほうから歓声が聞こえた。

振り向くと、赤い服を着た女の子がゴンドラから手を振っていた。

(了)









2015年07月25日

山田バンビ『海が見える観覧車』-06

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お酒が入っても白川さんはほとんどかわらなかった。

わたしもかわらないフリをしていたが、店を出るころにはかなり足にきていた。

まっすぐ歩いているつもりが車道にでてしまい、うしろから来た車にクラクションを鳴らされた。

白川さんは黙ってわたしの腕をつかみ歩道に引き寄せてくれた。

体つきは華奢に見えたが、腕をつかんだ手はごつく、あたたかかった。


明日はどうするんですか、わたしは酔った恥ずかしさを隠すためにわざとはっきりした口調で聞いた。

せっかくだからいろいろ見てまわりたいがどこかオススメの場所はありますか、という白川さんにわたしはいくつか候補をあげてあげた。

白川さんは、ほう、ほう、といいながら行き先を頭の中で検討しているようだった。

わたしがご案内しましょうか、と何度も口をついて出そうだったが、さすがに差し出がましいようでやめた。


路肩の街灯の下で黄色い花が咲いていた。

あっオトギリソウ、そういってわたしは右腕を白川さんにあずけたまま、しゃがんで一本抜いた。

わたしこの花好きなんです、なんだかさびしげでそれでいて一生懸命咲いてるって主張してるみたいで。

そういうわたしとオトギリソウを見比べながら白川さんは、そう、といってやさしく微笑んだ。

記念にどうぞ、といってわたしはその花を白川さんのジャケットのポケットに入れた。

白川さんはポケットをぽんぽんと叩き、小さく二回うなずいた。


大通りへ出たところで白川さんはタクシーを止め、わたしだけを乗せた。

運転手にお金を渡したようだったがよく見えなかった。

白川さんは、
今日は遅くまですいませんでした、
楽しかったありがとう、

といってタクシーから離れた。

わたしはなにもいえなかった。

ただ窓ごしに過ぎ去っていく片手をあげた白川さんをいつまでも見ていた。






観覧車の金属のきしむ音がまた響いた。

空にはさっきまでなかった小さな雲のかたまりがぽっかり浮かんでいる。

そのまわりを二羽のかもめがのんびり弧を描いて飛んでいる。

ゴンドラはゆっくり降りはじめ、それにつれて地上の景色が近づいてくる。

子供がふたり、叫び声をあげながら観覧車の下を駆け抜けていく。






わたしは朝から気が抜けたように席に座っていた。

何もする気がしなかった。

事務所の入り口のドアに目をやり、次にきのう白川さんがすわっていたテーブルに目をやり、そして机の上に視線をもどす、その動作を一日中繰り返していた。


もしかすると、先日のお礼をいいに、とかいいながらまた事務所に顔を出すんじゃないかと淡い期待を抱きながら。しかし白川さんはやってこなかった。

いつになくわたしはあせっていた。

時間がない。

白川さんは確か四、五日滞在するといっていた。

もし四日なら明日、五日ならあさってには東京へ帰ってしまう。

その気のあせりが積極的な行動へと駆り立てた。


夕方の四時ごろわたしはホテルに電話を入れた。

もし白川さんが電話に出たら何ていうつもりなのか、なんてまったく考えずに。

しかし白川さんはまだもどっていなかった。

五時に電話しても六時に電話しても白川さんはつかまらなかった。

近くの喫茶店で時間をつぶしながら、半ばなげやりに七時過ぎに電話すると、ようやくつかまった。


これはどうもどうも、などと素っ頓狂な声で電話に出てきた。

わたしは取り繕うことも忘れて、いったいどこ行ってたんですか、とすねるように問い詰めた。

問い詰められる筋合いなどまったくないのに白川さんは、

あなたに教えてももらったおすすめのスポットをほとんどまわってきたんですよ、
そしたらこんな時間になりました、

となだめるように答えた。


会話をあざなうための次の言葉を探していて、わたしは急に恥ずかしくなった。

二日前にはじめて出会ったただのお客さんに過ぎない白川さんと、いったいこのあと何を話せばいいのかわからなくなったのだ。

わたしは無性に電話を切りたくなった。

それでも電話した意図を伝えることなく、
それでは失礼します、
じゃわけがわからない。


わたしが脂汗を流しながらいいよどんでいると白川さんが、今どちらですか、と助け舟を出してくれた。

わたしは今仕事のついででホテルの近くにいるなどと、とってつけたようないいわけをしてしまった。

すると白川さんは、ではホテルのロビーでお茶でも飲みませんか、
とやさしい口調で誘ってくれた。

わたしは、では五分で行きます、とだけいって受話器を投げるように切り、走り出した。走りながら夜空を眺めると、雲が出ているのか星はあまり見えなかった。

でもひときわきらきら輝いている星が目のレンズを通して脳裏に焼きついた。あのとき見た星のまばたきは今でもはっきりと覚えている。



白川さんはマンデリンを、わたしはアールグレイを飲みながらいろんな話をした。

今日まわってきた観光地の話や食器の話や東京の話などを、のどの奥でビブラートをかけながらゆったりと話してくれた。

喫茶室からバーに移り、そ
こでわたしは聞きたいことを、
もっとプライベートなことを素直に質問した。


白川さんは困った顔もせずカウンターのテーブルにメガネを置いて古いオルゴールを回すように遠い記憶をたどり始めた。



ずっとずっと昔大好きな女性がいた。

彼女は結婚していた。

いけないとは思いながら自分の気持ちをおさえられず彼女と密会を繰り返した。

結局彼女は夫と別れ自分と暮らしはじめた。

夢のような日々だった。

夏休みにはどこか旅行へいこうなどと話していた。

しかし、ある日仕事から帰ってくると彼女の姿が忽然と消えていた。

姿だけじゃなく彼女の身の回りのものすべてが消えていた。

置手紙でもと思って探したがなかった。

一週間ほどしてようやく彼女から手紙が届いた。

何の連絡もしなかたったことを短い文面でわびたあと、今は前の夫のもとにもどっているという主旨のことが書いてあった。


わずか便箋一枚だった。


彼女はどうか知らないが、自分にとってはあまりにもあっけない幕切れだった。

それからは気が狂ったように仕事して、気がついたら愛だの恋だのという言葉を口にするのも恥ずかしい年齢になってしまった。

そのあと、何人か恋愛関係になった女性はいたがついに自分で自分の心の扉を開くことができなかった。




臆病者なので恋愛はにがてです、
そういって白川さんはうつむくでもなく、はにかむでもなく、
ただ幾重にも重なったまぶたを大きく押し上げてカウンター越しにならぶショットグラスを見ていた。



まっすぐ見ていた。








2015年07月20日

山田バンビ『海が見える観覧車』-05

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二十六歳の誕生日を迎えてすぐだった。


当時わたしは海運会社の港湾事務所で事務員として働いていた。

港に荷揚げされる品のリスト作成が主な仕事だった。



その日は午前中にすべての陸揚げが終わり、午後からの業務は残務整理程度だった。

わたしはほかの女性事務員と持参のお弁当を食べていた。

ちょうどお茶を淹れようと席を立ったところへひとりの男性が尋ねてきた。

白いポロシャツに薄手のベージュのジャケットといういでたちが、グレーの作業服ばかり見慣れているわたしにとっては新鮮に映った。

目じりに深くきざまれたしわの数から五十歳は超えているだろうと思ったが、両サイドを刈り上げた髪型や、細いべっ甲ぶちのメガネが十歳ぐらいは若く見せていた。


男性社員たちは遅い昼食をとりに出ていて、対応できる人間はいなかった。

その旨を受付のカウンターごしに男性に伝え一応わたしが話を伺っておくといった。

男性は白川と名乗り、東京で洋食器の輸入業を営んでいるのだが、横浜に到着するはずだった商品を積んだ船が故障で急遽この港に商品が荷揚げされることになった、今朝到着したはずだがそれを至急確認したい、ということだった。


話し振りはおだやかだが、かなり心配している様子が伝わってきた。

わたしは確認が取れ次第連絡するから連絡先を教えて欲しいというと、男性は市内のホテルの電話番号とルーム番号をメモ書きし、できれば今日中に確認が取りたいといってカウンターから離れた。

帰り際、お手数をおかけしますがよろしくお願いします、と深々と頭をさげた。どう見てもパートの事務員にしか見えない自分が丁重に扱われたことがうれしかった。

わたしも、確認が取れ次第すぐにご連絡します、といってその男性と同じくらい深々と頭をさげた。

担当の社員に確認するまでもなく、荷揚げ品のリストは自分が作成しており、確かに洋食器の品目があったのは覚えていた。

念のため事務所横の倉庫に出向き、洋食器が梱包されたコンテナを確認した。

社員が昼食から帰ってきたので、白川さんの件を報告し、彼には自分が検品リストを手渡すことで了承を得た。


白川さんが帰ってから三十分ほど経ったころホテルに電話してみたがまだ帰っていなかった。

ホテルにファックスを送り、あとで電話で確認しようかとも思ったが、わたしはそのホテルに出向くことにした。

白川さんという男性にどこか惹かれるところがあったのは事実だが、その時点では何かを期待していたわけではなかった、と思う。

少なくとも期待している自分には気づかなかった。



わたしは白川さんに書類を届けにいくのでそのまま直帰させてほしいと上司に了解を取り、私服に着替えた。

ホテルについたのは白川さんが帰ってから二時間ほどたったころだったと思う。

部屋をノックすると、

はい? 

と語尾があがった声がした。


ドアが開きわたしと視線が合うと、一瞬間があった。

わたしは私服だったし、客が尋ねてくる予定もなかったようで、突然の見ず知らずの女性の来訪でとまどっているようだった。

わたしはあわてて自己紹介し先ほどの書類を届けにきた旨を説明した。

ようやくわたしの顔を思い出したようで、目じりのしわをより一層深くし、見てて気の毒になるほど恐縮がった。

白川さんは、電話していただければこちらから出向いたのに、と何度もわびた。

わたしは胸元で手を振りながら、ちょうど仕事も一息ついたところだったし今日はこのまま帰るつもりだったから、と努めてついでだったことを強調した。


わたしの用件はそれで済んだ。

でもわたしはその場を動かなかった。

では失礼します、といってとっとと帰ればいいものを、その言葉がなかなか口からでてこなかった。

白川さんの五回目の、ほんとにありがとうございました、という声がトーンダウンしたことに背を押され、わたしはようやく、それでは失礼します、といって踵をかえした。

そのとき、背中越しに、

あの、

と白川さんから声がかかった。

わたしは背中に電気が走り、一瞬体が硬直した。

振り返ると白川さんは口を半開きにしたままなかなか次の言葉を出せないようだった。

わたしは愛子を見つめる母親のように首をちょっと倒し満面に笑みをたたえて、黙って二の句を待った。

ようやく白川さんの口から出た言葉は、やっぱりじかに商品を確認したいので明日もう一度そちらに伺うとお伝えください、というまったく予期しないものだった。

わたしは消え入るような小さな声で、はい、とだけ答えその場を立ち去った。



その日はそのまま帰る気になれず、デパートをぶらついたりしたが、何も目に入ってこなかった。



翌日、わたしは白川さんを待った。

倉庫の荷揚げ品を確認したあと事務所に顔を出すと思ったのだ。

四時ごろ白川さんはうちの社員といっしょに笑いながら事務所に入ってきた。

そしてわたしの顔を見て軽く会釈した。

わたしも席についたまま軽く頭をさげた。

笑顔は作らなかった。

わたしは机の上に顔を向けながら白川さんを盗み見た。

メガネを片手でもち、時折おおきくうなずきながら相手の話を聞いていた。

そのとき唐突にわたしのほうへ視線を向けてきた。

わたしは狼狽しあわてて机の上の書類をめくった。



しばらくして相手をしていた社員がわたしの名前を呼んだ。

白川さんがわたしを呼んだらしかった。

わたしはお客さんと応対するときの表情をくずさないように白川さんと対面した。

白川さんは、
昨日書類をとどけてもらったことですぐにそのあとの段取りを組むことができた、
とお礼をいいながら、

自分が手がけている食器はおもにイギリスから取り寄せている、
事務所は東京だが販売店は全国にあり一年の半分は地方に出張している、
いろいろ全国を回ったがここにきたのははじめてだ、
といった話をしてくれた。


低い声がのどでビブラートがかかりまるでチェロを聴いているように心地よかった。

時折遠くをみるめつきになるが、それ以外はわたしの目の、さらに奥まで見通してしまうように真正面から見つめていた。

わたしの顔からはいつのまにかよそゆきの表情が消え、まるで昔からの知り合いと対面しているような表情に変わっていた。



話がひと段落したあと、また昨日のような間がやってきた。

白川さんの目がこころなしか泳いでいるように見えた。

わたしは昨日の轍を踏まないように、東京へはいつ帰るのか、と話を向けた。

仕事はひとまず片付いたので四、五日ほど滞在しようかと思っています、と白川さんはちょっとトーンを変えて答えた。

そして、さしあたって夕食の心配をしているんですがどこか知りませんか、と話を振ってきた。

この近くに獲り立ての魚を料理してくれる店があると答えると、しばらく間をおいて、昨日のお礼を兼ねてそこへご招待したいがどうですか、とまるで外国人がたどたどしい日本語でしゃべるように誘ってきた。

わたしは、喜んで、と即答した。



白川さんと話しているうちに終業時間の五時を過ぎたので、そのまま二人でその店にでかけることにした。

なんとなく目算があって今日は高めのピンクのスーツを着てきていた。

わたしはあきらかに浮き足立っていた。

これまで何人かの男性とおつきあいしてきたが、こんなに宙を浮いているような気持ちを味わったことはなかった。

白川さんの横を歩いているだけで息を吐いて吸うという呼吸のしかたさえ忘れてしまうようだった。



タイのから蒸しやぼたんえびのおつくりをつつきながら、白川さんは地元の酒蔵の冷酒を一滴一滴味わうように飲んだ。

わたしもお相伴にあずかった。

お酒をゆっくり流しこみながら白川さんはいろんな話を聞かせてくれた。


食器の買い付けで回った海外での出来事や、出張で行った地方での失敗談など、ときにはジョークを交え、またときには目に力を込めて話してくれた。

その話し振りはまるでおじいさんが昔話を語るように起伏に富んでいてわかりやすく、聞くものをぐいぐい引き寄せた。






2015年07月16日

山田バンビ『海が見える観覧車』-04

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イルカの鳴き声のような間延びした鉄骨のきしむ音が園内に響き渡った。

さすがに老齢になったか、以前と比べてその音は大きく、回数も増えたような気がする。

ゴンドラはまもなく一番高いところにさしかかる。

右手の窓からはもう空と海しか見えない。

沖のほうの海は太陽の光に色を剥ぎとられ、そこだけぽっかり穴が空いているように見える。

混じりけのない海の青さと、空虚な空の広さに体がこわばる。




わたしの初恋はあっけなく幕を閉じた。

彼に会いに行くことは二度となかった。

時折、彼のさびしげな目を思い浮かべたりしたが、感情を揺さぶられることはなかった。

一週間もしないうちにすでに過去の思い出としてさっさと記憶の引き出しにしまってしまったのだった。

ヒカリモノが食べられなくなったのは彼のせいだと、今でも思っている。




初体験は高校二年のときだった。

年は二つ上だったが学年はひとつ違いだった。

家庭の事情かなにかで一学年だぶっていたらしい。

らしい、というのはそこまで深く聞いたことがなかったのだ。

きっかけは友達の紹介だった。

そして知り合ってから三週間後に彼の部屋で体を重ねた。

初めてじゃなかったようで、すべて段取りよく事は進んだ。


一瞬「ヒラメ」の顔が浮かんだが、すぐに頭の中の消しゴムで消し去った。

集中しようと思えば思うほど心と体が離れていった。

早く終わればいい、ただそればかり考えていたような気がする。

彼の部屋を出たあとも別に自分の中で何も変わっていないのが不思議だった。

その彼とはたいして長続きせず、自然と別れた。




高校を卒業したあとすぐに勤め先の三十歳の男性とつきあいはじめた。

几帳面でまじめな人だった。

決して口が達者なわけではなかったが、高校を出たての女の子が興味をもちそうな話題を得意気に振ってきてはわたしの気を引こうとした。

そのわかりやすい行動に好感をもち、誘われるままに何度かデートを繰り返した。

この観覧車にももちろん乗った。

最初のうちは社内の人間の目を盗んで会っていたが、何度目かのデートでキスされ、それをわたしが自然に受け入れたことを免罪符と取った彼は社内でも公言しはじめた。


つきあいはじめて間もないころから彼は結婚という二文字をしきりに口にしていた。

結婚したらすぐに家を建てよう、

結婚したら家庭に入ってほしい、

結婚したら週に一回は一緒に外出しよう、

結婚したら…そんな将来の話が次々に口から出てきた。


自分のことを大事に思ってくれていると考えるとうれしかったが、それと同じくらいとまどいもあった。


わたしのまわりでもそろそろ結婚する子が出てきていて、結婚に対する漠然としたイメージが少しずつ現実感をともないはじめていた頃だった。

ただ自分の結婚相手はこの人なのかと思うと、何となく違うような気がした。

一方で熱烈な恋愛の末に結婚するというのはテレビドラマの中だけのようにも思えた。


わたしは結婚を覚悟した。覚悟したとたん破局した。

破局した理由は今でもよくわからない。

君を幸せにする自信がもてなくなったといって彼のほうから断ってきた。

たぶん、彼が描いた将来の設計図があまりにも精密すぎて、生身のわたしが入る余地がなくなってしまったんじゃないかと思う。

自分で語っていた将来像に勝手に押しつぶされた、とわたしには見えた。


でもいい人だった。別れ際、彼は肩を震わせ泣いた。

わたしははじめて愛されることの心地よさを体中で感じられた。


あとになって考えると、彼にとっては愛してあげているという一方的な供与で自己満足していただけなのかもしれない。

でもそれはそれでいい。

わたしという存在をはじめて他人に認めてもえたことがなによりもうれしかった。






左側の窓に目を移すと、ブロックのおもちゃをばらまいたように大小さまざまな家やマンションや工場が雑然と並んでいる。

屋根や窓は陽光を反射して光っている。

どんなふうに道路がその間を縫っているのかよくわからない。

わたしがかよっていた小学校や中学校も見える。

よく買い物に行く駅前のデパートは最近建てられた大きなマンションに遮られてここからは見えない。

歩いている人の姿はまったく見えず、まるでゴーストタウンのようだ。ただ耳をすますと、かすかに街中の喧騒が聞こえてくる。





こうして高いところから眺めていると、四十五年間住んできたこの街がまったく違ったように思えてくる。

神社の鳥居や市役所や商店街の街灯や公園の噴水も、どことなくよそよそしい。


結局見渡せてしまうほどの小さなこの街がわたしの世界のすべてだった。

この街を出たことはなかったし、出ようと思ったこともなかった。


いや、一度だけ、外の世界に足を踏み入れようとしたことがある。



そう、たった一度だけ…。






2015年07月11日

山田バンビ『海が見える観覧車』-03

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それは一瞬の出来事だった。

その一瞬の出来事を三十年以上たった今でも克明に記憶しているのもなんだか不思議な気がする。

昨日のことさえ忘れてしまっているというのに。



あの日、「ヒラメ」の目にも映っていたであろう日本海の海が松林の向こうからせり出してきた。

去年見たときと比べて今日の海の青さは深い。

日増しに青さが増してきているのだろうか。

あるいは海のような空の色を海面が映し出しているのか。

空と海の区別はほとんどつかず、遠く水平線上に浮かぶ幾艘かの船がかろうじて空と海を分けていた。



海には濃淡のコントラストをつけた横一線の波が規則正しく幾層にも並んでこちらに向かってくる。

波頭の飛沫が白装束の葬列のように見える。

観覧車が上がるごとに少しずつ空の占める割合が多くなってくる。

このまま天に導かれていくかのようだ。

窓際に顔を近づけるとほぼ真上にあった太陽の光が眼底に突き刺さった。

すっかり病に蝕まれてしまった体にはあまりにも強すぎる。わたしは窓から離れまた「海の葬列」に目を移した。




「ヒラメ」とはそれっきりだった。

彼がわたしにしたことを珍しいクワガタでも自慢するように学校で吹聴するんじゃないかと心配だったが、特に何の行動も取らなかった。

わたしの予期しない無反応ぶりにとまどって彼の行動を自重させたのかもしれない。

同じ中学校に進学したが、結局あの出来事の前と何ひとつ変わらずお互い口をきくこともなかった。


その「ヒラメ」は高校一年の時に死んだ。

漁師だった父親の船に手伝いで乗っていて水難事故に遭ったのだ。

葬式には出たが、特に感慨はなかった。今となってはなつかしいが、生きていたとしても別に会ってみたいとは思わない。

いや、ひとつだけ会って聞きたいことがある。あの日のことを覚えているかどうか、それだけ、聞いてみたい。





 
中学では同年代の男の子とうまく話しができなかった。

決してはにかんでいたわけではない。

ただ男の子と対面するとつい身構えてしまうのだ。

同級生なのに丁寧語が出てしまったりしてよく笑われた。



好きな人はいた。

その人は、わたしが中学三年の時地元の神社の小さなお祭りで焼きそばを焼いていた。

夕方に友達と三人でお祭りにきて、その屋台で焼きそばを買った。

橙色の薄暗い裸電球の下で彼は黙々と焼きそばを焼いていた。

ソースのしみがついた薄汚れたTシャツが汗に濡れて体に張りついていた。

短く刈り上げた髪からは玉のような汗が噴き出していた。

両手にもったヘラを交差させながら具と焼きそばを均等に絡めていくその手つきは手際よく、見ていて飽きなかった。

境内のほうから祭囃子が風にのって聞こえてくる。

屋台の前の境内に続く石畳には浴衣に身を包んだ家族連れや子供たちがひしめき、お祭り気分を満喫していた。

その中で、ただ黙々と焼きそばを焼き続けている目の前の彼はいかにもお祭りの雰囲気にそぐわなかったが、職人的なヘラの使い方がまるで手品を見ているようで楽しかった。

わたしの食い入るような視線に気づいたのか、出来上がった焼きそばを手渡しながら、彼は口に人差し指を当て、私にだけそっとひものついた小さな袋をくれた。

水のはねる音がしてすぐに金魚だろうと察しがついた。

帰る間際、わたしはもう一度彼の屋台に顔を出した。

本当は金魚のお礼をいうつもりだったのに、明日もここにいるのかと、とっさに口が聞いていた。

明日はいないがあさってはまたここにいる、彼は鉄板に視線を落としたまま答えた。


小さいがよく通る声だった。



翌々日、わたしは今度はひとりでお祭りに出かけた。

彼の屋台は盛況で、しばらく金魚すくいなどをながめながら彼が手薄になるのを待った。

この前と同じTシャツを着て、相変わらず黙々と焼きそばを焼いていた。

お客がとぎれたのを見計らって彼の前に立った。

わたしの顔は覚えていないだろうしあいさつするのも変なので、とりあえず焼きそばを注文した。

彼は無言のまま焼きそばを作り始めた。

作り置きの焼きそばには手を出さず、野菜を炒めるところから作り始めた。

湯気がたった焼きそばを器に盛ると、屋台の横に置いてあった丸椅子を指差し、ここで食べろと目で合図してきた。

どうやら彼はわたしの顔を覚えていたらしい。

出来立ての焼きそばを食べながらそこで初めて彼と口をきいた。

いた時間の割にはわずかな会話しかできなかった。

それでも、この屋台は自分のものではなく人に頼まれて来ている、昔中華料理屋の厨房で働いていた、普段は港の魚市場で働いている、生魚はあまり好きではない、特にヒカリモノはほとんど食べられない、といった情報を仕入れた。

年齢ははぐらかされたが、二十歳から二十五歳ぐらいに見えた。もっと若かったかも知れない。

時折見せるさびしそうな目が気に入った。

祭りの時期が終わったあと、わたしは彼に会いに魚市場に通った。

最初のころは朝五時に起きて行ったが、あまりにも忙しく相手にしてもらえなかったので、仕事がひと段落つく七時半ごろに顔を出し、三十分ほどいて学校に行くようにした。

わたしはここでも焼きそばを作る時と同じような鮮やかな手つきで次々に魚をさばいていく彼の手つきに見入っていた。

会話はいつも一言二言で終わることが多かった。

ただ彼のそばにいるだけで何となく安心した。

まわりの友達はアイドルに熱中していたが、わたしは彼のもとに通い続けた。

そんなわたしを友人たちは理解できないといった顔で見ていたが、実はわたし自身もよくわからなかった。


半年ほど通っただろうか、その間彼とは何もなかった。

それどころか市場の外で会ったのもたった一度しかなかった。

そのときもわたしが強引に彼を誘い出したのだ。

当然のようにわたしは観覧車を彼との「デート」場所に選んだ。

その当時、観覧車はわたしたちの間では熱も冷め、はしゃいで乗るということはなくなっていたが、それでも観覧車以外の選択肢は思いつかなかった。


その日は雲が低くたれこめ重苦しかった。

彼は海沿いの工場の煙突から吐き出される白い煙をながめていた。

無口な男性だった。

外の世界と遮断されるゴンドラの中にいると、その無口さ加減が際立つ。

でもつまらなさそうなどとは微塵にも思わなかった。



ある日、いつものように市場にいくと、彼は髪の長い女性と親しげに立ち話をしていた。

すっと鼻筋が通った美人で、女性のわたしから見ても上の中クラスだった。

わたしは顔の筋肉に力を込め、わざと女性と対面する形で彼の横に立った。

彼は照れくさそうにその女性を女房だと紹介した。

そして彼女に向かってこの子は俺のかわいいお友達だといいながらわたしの肩を二、三回叩いた。


それを合図にわたしは長い催眠術からようやく覚めたように全身の力が抜けたのを覚えている。




2015年07月04日

山田バンビ『海が見える観覧車』-02

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この街に観覧車がやってきたのはわたしが小学校四年の時だった。

観覧車そのものを知らなかったわたしたちはある日突然丘の上に現れた鉄製の巨大な乗り物を見て狂喜した。  
しかし、完成した当初は連日長蛇の列ができ、その上わたしのような親に連れて行ってもらえない子は初体験までにかなりの時間を要することになった。

いち早く観覧車に乗った子はクラスでヒーローになった。


ただ待ちに待った観覧車体験のハズだったのに、最初の印象は不思議と覚えていない。

それは覚えていないのだが、はじめて男の子と乗ったときのことは今でも鮮明に記憶している。



小学校六年の夏休みだった。

クラスは違ったが、近所に住む同級生で、親同士が仲良かったこともあり小さいころはよく一緒に遊んだ。町外れの乾物屋の子で、いつも五分刈りの坊主頭だった。目が細く、離れていたせいかどことなく魚に似ていた。

わたしは彼のことを勝手に「ヒラメ」と呼んでいた。

ただ実際に面と向かって「ヒラメ」と呼んだことは一度もなかった。

近所では有名な悪ガキで、わたしも背中に蛙を入れられたり、田んぼにつき落とされたりしてよくいじめられた。

それでもわたしはいつも彼についてまわった。

泣かされて家に帰っても、泣き止んだらまた彼の背中を追いかけた。

彼に近づくとおもしろがってまたいじめられるのはわかっていながら、なぜか彼のそばを離れられなかった。

カンけりやベーゴマなど遊ぶときにはちゃんと仲間に入れてもらえていたのがうれしかったのかも知れない。

あるいは頭を小突かれたり、男の子が好む低俗な言葉でののしられることで仲間意識≠確認するというサディスティックな緊張感を無意識のうちに楽しんでいたのか、いずれにしてもわたしは彼を気に入っていた。

粗暴な性格の割にはいつも彼の周りには「家来」が控えていた。

その「家来」たちにしても、どうもわたしと同類≠フように思えてならなかった。



「ヒラメ」を異性として意識したのはいつだったろうか。

いや意識したことなどなかったのかもしれない。

このゴンドラの中で突然キスされて、その時生まれてはじめて受けた強烈な印象が、時間を経るごとに記憶のヒダに「ヒラメ」を最初の「男」として勝手に刷り込んでいっただけなのかもしれない。

小学校も高学年になると女の子同士のつきあいが忙しくなり「ヒラメ」とも疎遠になっていった。

学校で顔を合わせても互いに口をきくこともなくなった。



小学校六年の夏休みのある日、突然彼が家にやってきた。

何事かと思ったら、近いうちにどこか遊びに行かないかというのだ。

何の前触れもなかった。

「ヒラメ」には突然@Uう動機があったのだろうが、わたしには皆目見当もつかなかった。

ただ、真意を問いただすのはなんとなく悪いような気がして、数年のブランクを強引に無視した平静さを装いつつ了解した旨を伝えた。

約束のその日、観覧車に乗ろうと言い出したのは「ヒラメ」のほうだった。

観覧車に乗るまでは、同級生の悪口などをおもしろおかしく話していたのに、ゴンドラに乗り込んだとたん、彼はピタリと話すのをやめた。

窓に張りつき、ゴンドラが上がっていくのと同時に窓の上からゆっくり降りてくる日本海の漠とした眺めに見入っていた。

元来無口なわたしは「ヒラメ」の横顔を盗み見ながら下を向いていた。

頂上を過ぎゴンドラが下りにさしかかりはじめたその時、「ヒラメ」は水面を飛び出した魚のようにわたしに抱きついてきた。

真っ黒に日焼けした両腕でわたしの肩をわしづかみにすると、真正面から頭突き≠オてきた。

それはまさに頭突き≠セった。

ゴッと骨と骨がぶつかる音がした。

彼のあごが引けていたせいでおでこ同士が激しく衝突したのだ。

人間の顔の構造上、正面を向き合いおでこを接しながら唇を合わせるというのは難しい。

お互いの鼻がじゃまして唇はわずかに触れた程度だった。

それをキスと呼んでいいものかどうかわからないが、とにかく目的を成し遂げた「ヒラメ」はすぐさまわたしから離れ、大げさに腕組みして背もたれに体を沈めた。

あやまるでもなく、ただ白い歯をちらつかせてわたしの反応をうかがっているその目は、小さいころわたしをいじめていた時のそれだった。

不意を突かれたわたしはゼンマイの切れたおもちゃのように、しばらくの間まったく動けなかった。

全身の毛穴から体中の水分がすべて染み出してしまったんじゃないかと思えるほどの脱水症状になり、心臓の音が耳の奥で鳴り響いた。

一度も使ったことのない神経が一斉にスパークしてしまったようだった。

唇を奪われた動揺とかではまったくない。

まだ幼かったわたしにそういう抽象的な解釈などできるはずもなく、触れるだけで気絶してしまいそうな、その存在さえ知らなかった体の奥底の敏感な部分をわしづかみされたような、より肉体的な衝撃だった。

目の焦点がもどり少し落ち着いたわたしは、今度は彼の行為に対して特に怒りがわいてこないことにまた落ち着きを失った。

文句のひとつも無意識に口から出てきておかしくないし、それがいえなくても相手をにらみつけるとか何らかの形で抗議の意思を明確にすべき場面のはずだった。

そして当然彼もそれを受けた行動なり言動なりを考えながら身構えていたはずである。

なのにわたしは何もしなかった。




「ヒラメ」のことを好きだった、いやそうじゃない。

嫌いではなかったが、それは理由の十%にも満たない。

幼かったわたしは頭で学習する準備期間もなしに、頭より先に体中のひとつひとつの細胞が「男」の存在に目覚めてしまったことにとまどったのだと思う。





2015年06月28日

山田バンビ『海が見える観覧車』-01

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今日はみごとな観覧車日和だ。

どこまでも深い海のような空に初夏の風が溶けていく。


窓を開けていると少し汗ばむくらいで、この分だと海風が吹きぬける観覧車のてっぺんはさぞ心地いいだろう。

神様にこんな便宜をはかってもらえるような人間だったろうかと小首を傾げつつ、病室の窓から小さく見える観覧車に目を凝らす。


雨が降ろうと、冷たい風に見舞われようと、観覧車が回る限り決行するつもりだった。

いや実のところそんな心配はさらさらしていなかった。

明日遠足だという小学生が雨の中でお弁当を食べる光景など想像だにしないのと同じで、今日はすばらしい天気に恵まれるという確信があった。

本当にあったのかといわれると心もとないが、いずれにしても結果オーライだ。



観覧車ならどれでもいい、というわけではない。

今はやりのハデな電飾で飾ったヨソ行きのゴージャスなものなど興味はない。

海沿いの、こんもりした丘の上にひっそりと立つこの街の観覧車じゃなきゃだめなのだ。


わたしははじめてのデートにでかける少女のように、何度も手鏡を見ながら髪を梳き直した。

気持ちが弾んでいるせいかきょうはやけに美人に見える。口元が笑っている自分を見て、よけい可笑しくなった。

 夫に頼んで家から持ってきてもらっていた一番のお気に入りの服を、パジャマの上から当ててみる。胸元がV字に深く切れ込んだ青白のストライプのワンピースだ。

夫に、これを着てふたりで旅行に行ったんだけど覚えてないでしょ、と振ってみたら、夫は笑ってごまかした。

残念ながら今日は夫を連れて行くわけにはいかない。

二カ月前からきょうの日をわたしは心に決めていた。

病室を、妻の座を離れた厳かな儀式。観覧車が一周する間だけの短い儀式を。







日本海側の中心都市から南に二十キロほど下った小さなこの街になぜ観覧車ができたのか、わたしは知らない。

特に交通の便がいいわけでもなく、夏になれば入り江は海水浴客でにぎわうが、それも夏場のほんの一瞬だけ。

市外や県外からやってくる観光客が「せっかくだからついでに観覧車にでも」といういかにも控えめな目的でつくられたものではないことだけは確かだ。

何も自慢できるものがないからといって、観覧車ひとつでどうにかなるものでもなく、結局近隣にできたレジャーランドに観光客を奪われ客足はすっかり途絶えた。

今は近くの住人が散歩がてら立ち寄る程度の、うらさびれた鉄の建造物になっている。


しかし、わたしにとってそれは単なる観覧車ではない。

時間をさかのぼることができる魔法の乗り物なのだ。

吸い込まれそうな紺碧の青空の真ん中に太陽が昇るころ、中学一年になる息子と二人で丘の上に登った。

スターダストのような光の粒が白いペンキで縁取られた観覧車にはりついてまぶしい。

週末だというのに来園者は数えられるほどしかいない。

観覧車の脇に申し訳程度に併設されたメリーゴーランドも、ところどころペンキが剥げ、今も動くのか疑わしいほど朽ちている。

小さな子供がふたり前脚を振り上げた木馬にまたがって遊んでいる。

よく見ると台座が少し傾いている。

それでも観覧車はまだ根強い人気があるようで、しっかりと十六個のゴンドラを回していた。



間近かで見上げるとその大きさに畏怖される。

長い時間をかけて大地に根を張った老木のように静かに鎮座し街を、海を見下ろしている。

地上から空に向かってまっすぐにそびえたつ二本の支柱は両手でかかえられないほど太い。

ゴンドラがまるでたくましい男性の二の腕に抱かれて揺れるゆりかごのようだ。

回転速度があまりにもゆっくりで何十年も前から止まっているような錯覚を覚えるが、ときおり体の芯を振るわせる金属のきしむ音が、確実に時を刻み続けていることを伺わせる。

地を裂くような轟音がして見上げると東から西に向かって一筋の飛行機雲が走っていた。


チケットを買い乗り場に向かうと、並んでいる客はいなかった。

黄色い帽子をかぶった高校生のアルバイトらしい係員がミッキーマウスのような笑顔でゴンドラに案内してくれた。




観覧車は不思議な乗り物だ。

一度動き出すとスイッチを切らない限り決して止まることはない。

人間を乗せるための遊具なのに、人間に媚びることがない。

泰然として動き続ける観覧車に人間が勝手に乗り、勝手に降りる。能動的な労力が必要な分だけ乗る≠ニいう行為以外にも何か目的があるような気がする。

人間の歩調より少し遅めの速さで目の前を過ぎていくゴンドラにたどたどしい足取りで飛び乗り、ドアを閉め、右側の座席に腰をおろす。

もう何十回もそうしてきたように。



ゆっくりと地上を離れ、体が浮いていく。

意識が、自分の体を離れていく。

園内に流れていた古臭い歌謡曲がいつしか風に切り取られていく―。





山田バンビ『海が見える観覧車』あらすじ

『海が見える観覧車』あらすじ
作・山田バンビ

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末期のがんで入院する主人公の女性。

病室の窓からは海辺に建つ観覧車が見える。

最期のときがくるまでに

もういちどだけあの観覧車に乗りたい、

といつも願っていた。



彼女が生まれ育ちそして死んでいく、小さな街に建つその観覧車は、

彼女にとってなくてはならない存在だった。


あるとき、息子の計らいで観覧車に乗れることになった彼女は、

だいぶ古くなりきしみながらゆっくり回転する観覧車に乗り、

これまで出会い、別れた男性たちのことを時間を巻き戻しながら思い出していく。



必ずこの観覧車にいっしょに乗った彼らの記憶をたどっていくうちに、

わずか数日間だけをともに過ごしたある男性のことが鮮明に蘇り、

彼に会いたいという強い思いとともに、

唐突に沸き起こる「生」への執着心に翻弄される。